Thứ Hai, 5 tháng 7, 2010

井沢元彦:近代日本の先駆者、田沼意次 <読書メモ

1609年、薩摩は琉球を支配し、貿易を通し膨大な利益を上げていました。

薩摩や長州の重商主義への転換を、先見の明のある田沼意次(たぬま おきつぐ)は薩摩・長州よりも早く、考えていました。
田沼意次は、近代日本の先駆者でした。

側用人の田沼を抜擢し、全権を託したのは、9代家重と10代家治でした。

しかし、経済を米中心から商業中心に移そうする重商主義政策は、保守層から大反発を受けます。
保守層にとって、重商主義は士農工商の社会階層をこわすことであり、最下位の「商」を幕府が支援することは、世の秩序を乱す悪行だととらえました。

支配層は、田沼意次を失脚に追い込みました。


家康は、信長、秀吉が貿易によっていかに富をたくわえたか知っていましたから、貿易をしっかり営んでいました。
しかし、このことはそのころすでに忘れ去られていたようです。

*     *     *
江戸時代の享保の改革、寛政の改革、天保の改革は、いずれも重農主義でした。

「田や沼や よごれた御代(みよ)を改めて
清くすめる白河の水」
と庶民は狂歌で歓迎しました。

しかし、
「白河の清きに 魚も住みかねて
もとの濁りの 田沼恋しき」
という狂歌が出たように、後世になると田沼時代を懐かしむ声が聞かれました。
*白河:松平定信は白河藩の藩主


田沼意次
田沼時代

井沢元彦読書メモ まとめ

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